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2026年5月31日(日)

【聖霊降臨節 第2主日


礼拝説教 「道をそれる人生」


 森島 豊  先生(青山学院大学教授 宗教主任)

 

<聖書>

出エジプト記 3:1-3

コリント一 1:21-31


<讃美歌>

(21)26,12,463,516,65-1,29


1.寄り道の中で出会う神

 私たちはできるだけ早く目的地に着きたいと思って生きています。しかし人生には、「寄り道も悪くないのだ」と思わされる瞬間があります。

 今日の聖書に登場するモーセも、道をそれて、ある不思議な光景を見に行きました。その寄り道が、彼の人生を大きく変えることになります。そしてそれは、イスラエルの民を救いへと導く神の大いなる御業の始まりとなったのです。

 よく考えてみると、モーセ自身の人生もまた、寄り道の連続でした。彼は若い頃、エジプト王家の中で育てられました。しかし、自分なりの正義感から行った行動によって、人を殺してしまいます。そして逃亡者としてエジプトを去らなければなりませんでした。

 後に神から十戒を授かるモーセ。その十戒の中には「殺してはならない」という言葉があります。若い日に人を殺めてしまったモーセにとって、この言葉は誰よりも深く胸に刺さったことでしょう。

 人生を長く歩めば、誰も無傷ではいられません。心に傷を負い、抜きたくても抜けない棘を抱えて生きています。私たちは、その棘を消し去りたいと願います。しかし人生には、抜いてはいけない棘もあるのです。

 それは、自分が神の赦しと恵みによって生かされている存在であることを忘れないためです。弱さや失敗を抱えたまま、それでもなお愛され、生かされている。そのことを知るために、神は時に棘を残されるのです。


2 弱さの中に働く神の恵み

 新約聖書の中で、使徒パウロもまた、自分の「棘」について語っています。第二コリントの信徒への手紙12章で、彼はその棘を取り去ってほしいと三度も祈りました。しかし主はこう言われました。

 「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ。」

 だからこそパウロは、「むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」と語ったのです。自分は神の赦しと恵みによって生かされている。そのことを忘れないために、彼は自らの過去や弱さを受け止め直したのです。

 失敗のない人生はありません。しかし、神にあって無駄な失敗はありません。

 もちろん、愚かな過ちや恥ずかしい経験は、できるなら避けたいものです。しかし、取り返しがつかないと思える出来事さえも包み込み、新しく用いてくださる神がおられるのです。

 モーセは若い日に挫折と屈辱を味わいました。そしてミディアンの地へ逃れ、羊飼いとして静かに生きていました。燃える柴を見た時、彼はすでに80歳でした。

 普通なら、「もう人生は終わりに近い」と考える年齢です。しかし、イスラエルを救い出すというモーセの本当の使命は、そこから始まるのです。

 神には、無駄な挫折はないのです。


3 何もない者を通して現れる神の力

 80歳のモーセ。この世の常識から見れば、人生の終盤にいる人物です。若さもありません。地位もありません。家柄も失っています。

 しかし、何もないからこそ、これから起こる出来事はモーセ自身の力ではなく、神の御業であることが明らかになるのです。

 使徒パウロはこう語りました。

 「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。」

 なぜでしょうか。

 「それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」

 私たちの人生にも、思い通りにいかないことがあります。悔しい思いをすることもあります。後悔の連続だと感じる日々もあります。

 しかし、その痛みを知った者だからこそ、自分を誇るのではなく、神を大きくする器として用いられるのです。

 そして、その始まりは「道をそれること」でした。モーセは燃える柴を見ようとして立ち止まり、神の呼びかけに出会ったのです。


4 燃える柴の前に立つということ

 道をそれること。燃える柴のある場所へ向かうこと。それは、礼拝の場所へ行くことにも似ています。

 礼拝は、人によっては無駄な時間に見えるかもしれません。効率の悪い寄り道に思えるかもしれません。しかし、ここには燃える柴があるのです。

 パウロはこう語りました。

 「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」

 礼拝の場には、燃えているのに燃え尽きない柴があります。それは、あなたの罪を赦す十字架の恵みが語られる場所です。疲れ果てた心がなお生かされる場所です。そして、愛と平和に満ちた新しい出会いが始まる場所です。

 モーセの働きは80歳から始まりました。創立80周年を迎えられる白鷺教会の働きも、ここからさらに始まります。その働きを支えられる神が共におられるからです。


 
 
 

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