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日本キリスト教団
白鷺教会 しらさぎきょうかい
Shirasagi Church

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2026年9月13日(日)
【聖霊降臨節 第17主日】 礼拝説教「心をさわがせない道」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 14:1-14 <讃美歌> (21)26,12,208,443,64,29 この朝は、敬老祝福の礼拝をささげています。このあと、80歳以上の仲間を祝福します。なぜ80歳以上かは、白鷺教会ではそう決めて来たからです。私どもは80歳で区切っていますが、80歳まで年を重ねて来られたことは、それぞれに思い返す、さまざまな主にある出来事があるのでは。感謝なこと、それも何度感謝しても足りないようなことがあるのでは、また、思い返すと神様に申し訳いない思いがすることが少なからずあるように思います。年齢は数字で表すしかないのですが、90歳だから長生き、たとえば70歳はまだまだとは言えない、主なる神から与えられた、かけがえのない日々、それぞれに与えられた年月があるのではないでしょうか。 その意味では、敬老祝福は、ある年齢で区切りますが、この世に命を与えられた尊さ、主にある感謝からすれば、敬老ではなく、「敬年」祝福という言葉はありませんが、それ
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4 日前読了時間: 6分


2026年9月6日(日)
【聖霊降臨節 第16主日】 礼拝説教「回復の道がある」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 13:36-38 <讃美歌> (21)26,18,142,197,64,29 「主よ、どこへ行かれるのですか。」(36)弟子であるシモン・ペトロが主イエスにたずねています。この言葉は、キリスト教会が深く心にとめてきた言葉です。「主よ、どこへ行かれるのですか。」なぜ、ペトロがたずねたのか、それは、主イエスが弟子たちに語られたからです。33節を読み返します。「子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたはわたしを探すだろう。『わたしが行く所にあなたがたは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。」 「わたしが行く所にあなたがたは来ることができない」と主イエスから言われたとき、私どもがそこにいたらどう思ったでしょうか。ペトロはどうしても受けとめることができなかったのでしょう。それは主イエスにどこまでもついて行きたかったのでしょうし、この方のためなら、どんな犠牲も惜しくは
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9月6日読了時間: 6分


2026年8月30日(日)
【聖霊降臨節 第15主日】 礼拝説教「新しい掟」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 13:21-35 <讃美歌> (21)26,10,55,417,64,29 与えられています箇所は、イスカリオテのユダの裏切りが記されて、そのあとで「あなたがたに新しい掟を与える」(34)と、主イエスが語りかけられています。そのユダのことを主イエスが話されたとき、「心を騒がせ、断言された」(21)とあります。「断言された」という言葉は、証しされた、という意味ですが、決してよいことを話されたのではなく、心を騒がせることで、最も近くにいた弟子の裏切りのことでした。13章の洗足の箇所にあるように、「世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」(1)からこそ、心を痛められたのです。その愛は、ユダにも向けられていました。しかし、彼は主の愛を拒んでしまったのです。その先に、空しい道が待っており、彼自身が苦しみ抜くことを、主イエスこそがご存知でありました。 主イエスが心を騒がせられたことを、さらにご一緒に思いめぐらしましょう。同じ言葉が、12章27
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8月30日読了時間: 6分
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