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日本キリスト教団
白鷺教会 しらさぎきょうかい
Shirasagi Church

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2026年8月2日(日)平和聖日
【聖霊降臨節 第11主日】 礼拝説教「光の子となる」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 12:27-36 <讃美歌> (21)26,16,371,509,79,64,29 主イエスは、「今、わたしは心騒ぐ。」と言われました。どのように心を動かされたのでしょうか、ご一緒に思い巡らしてみましょう。すでにエルサレムに入られて、十字架への道を覚悟なさっておられるときのことです。神の独り子であり、主なる神である主イエス・キリストであっても、心騒ぐことがあるのか、と思われるかもしれません。あるいは、救い主であるので、私どもと同じようなところで心がゆり動いているのではない、と言えるかもしれません。確かに、主イエスは「一粒(ひとつぶ)の麦」(24)として、十字架に命をささげる道を歩み出しておられますから、私どもは、その主イエスの思いを知る尽くすことはできないでしょう。 ヨハネは、知り尽くすことができない主イエスの思いに、聖霊のお働きによって触れて記したはずです。主イエスは祈られました。「『父よ、わたしをこの時から救ってください』と言
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22 時間前読了時間: 6分


2026年7月26日(日)
【聖霊降臨節 第10主日】 礼拝説教「ひとつぶの麦から」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 12:20-26 <讃美歌> (21)26,8,205,407,65-2,29 ご一緒に黙想するように御言葉に聞いていきましょう。与えられています箇所は「さて、祭りのとき礼拝するためにエルサレムに上って来た人々の中に、何人かのギリシア人がいた。」(20)とあります。ユダヤ人の過越祭のときに、「何人かのギリシア人がいた」とある彼らは、「礼拝するために」来ていたのです。 当時としてはめずらしい事だったかもしれません。ユダヤ人とギリシア人は仲違いすることがよくあったと聞くからです。しかしそれ以上に、直前の言葉を受けています。19節 でファリサイ派の人々が「世をあげてあの男について行ったではないか」とある、「世をあげて」ということが、ギリシア人の姿にも表れているのです。 なぜ立ちどまって、ていねいにお話しするかと言いますと、それは、主イエスの大切な御言葉の序章のように記されているからです。「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななけれ
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7月26日読了時間: 6分
2026年7月19日(日)
【聖霊降臨節 第9主日】 礼拝説教「ろばの子に乗る王」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 12:12-19 <讃美歌> (21)26,20,208,307,65-2,29 先週、月曜日から二泊三日で能登半島地震被災教会を訪問しました。教団の教師委員会の活動として、やっと実現しました。被災教会や付属の幼稚園をおたずねして、お話しを伺い祈りを共にささげました。2024年の1月1日の地震が起こってから約2年半経っていますが、まだまだ復興途上でした。しかし、忘れないで訪ねてくださったと、とても喜んで迎えてくださいました。 主イエスがエルサレムに来られたとき、人々は13節にあるように「ホサナ」と叫んで、主イエスを迎えました。四つの福音書がすべて記していますが、マルコによる福音書では、道に自分たちの着ている服を敷いて迎えたことが記されています。それは身につけていた大切な上着を道に敷いたのです。 人々は、なつめやしの枝を持って迎えました(13)。そのようにするのは、王を迎える迎え方であると言われます。当時人々が、主イエスに何を期待してい
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7月19日読了時間: 6分
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