礼拝説教「記念として伝えられる」
願念 望 牧師
<聖書>
マルコによる福音書 14:1-9
<讃美歌>
(21)26,16,476,567,65-2,29
福音書を読みますと、どこに強調が置かれているか、よく分かります。むしろ、このことを伝えるために全体が記されたのだということが分かります。マルコによる福音書は全体で16章ですが、主イエスが十字架におかかりになる1週間と主の復活に、全体の約三分の一をさいて伝えています。十字架の死と復活が、福音の中心であるからです。
主イエスは、いよいよご自身の受難の時が来たのを悟られて、エルサレムに入場されたのですが、それは11章に記されています。 エルサレム入城は、週の初めの日、日曜日になりますが、あのようにもろ手を挙げて主イエスを迎えた人々が、その週の内に、主イエスを十字架につけよと叫んでいるのは、とても悲しい事実であります。しかしながらマルコの教会は、そのことを自分たちとは関係のない、愚かな人々の姿として記してはいないのです。むしろ、自分たちの姿として書いています。そのことは、私どもにも語りかけられていることだということです。主イエスを十字架へと追いやった人々を、私どもは裁くことはできないのです。
今日の箇所は、1節「過越祭と除酵祭の二日前」とありますが、「二日前」というのは、私どもの理解では、通常一昨日のことです。しかし聖書にあるユダヤ人たちの日の数え方では、その日を数えて「二日前」という意味になります。ですから、「二日前」というのは、私どもで言う「前日」のことです。祭りは木曜日から始まりますので、その前日の水曜日ということになります。木曜日には、主が弟子たちの足をあらわれて、互いに愛し合って仕えるようにと教えられて、その翌日の金曜日に十字架におかかりになる最後の晩餐を共にされました。
主イエスが自らの死と復活の預言をされた時もこう言われました。「人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして、人の子は三日の後に復活する。」(10:33-34)「三日の後」とありますが、十字架にかかられた金曜日を数えて、「三日の後」の日曜日に復活されたのです。
いずれにしても、「過越祭と除酵祭」の始まる前日に、民の指導者である祭司長たちや律法学者たちは、イエスの殺害を計画していたのです。
過越祭というのは、元々は出エジプトの出来事に由来しての祭りです。主なる神が命じられて、小羊の血を家の入り口の二本の柱と鴨居にぬった時、神の裁きが過ぎ越し、旧約の民らは助けられて、奴隷として生きていたエジプトから出られたこと(出エジプト)を記念しての祭りであります。と同時に、それは小羊を使いますから、牧畜の祭りとしてもなされていました。
「除酵祭」というのは、パン種を入れないパンの祭りですが、収穫祭のことです。出エジプトの過越祭の時にも、パン種を入れないパンを食したことから、いっしょに祝われるようになったと考えられます。過越祭が牧畜の祭りなら、除酵祭は農業の祭りと言うことができます。
二つの祭り、「過越祭と除酵祭」はいずれも、いのちを感謝する祭りであり、自らの命が主なる神によって支えられてきたことを感謝して祝う時でもあります。
そのような、いのちの祭り、神への感謝の時を目前に控えて、イエスを殺そうと相談する者たちがいたのです。彼らは、2節「民衆が騒ぎ出すといけないから、祭りの間はやめておこう」と考えていたようですが、主イエスは祭りの間に、十字架の受難を受けられたのです。そのことをマルコははっきりと記しています。民の思惑と、神の時がズレていることをマルコは記したのです。それは言わば、人の計画よりも、神の計画、神の御心がまさっていたからです。先ほど、過越祭には、小羊を献げると言いましたが、それは、罪の赦しを願うための、犠牲の小羊です。しかし、その小羊は、やがての日に、神自ら小羊を備えてくださることを指し示していたのです。すなわち、神の独り子である主イエス自ら、私どもの罪の赦しのために、犠牲の小羊になってくださったことが、過越祭の中で起こったということです。ですから、私どもキリスト教会は、主イエス・キリスト自らが犠牲の小羊になってくださったことを信じていますので、もはや礼拝で犠牲を献げることは無くなったのです。私どもは主イエスを信じて、感謝して罪の赦しを受けとる礼拝を献げるようになったのです。
さて、祭りの前日に、語り継がれることになる、ひとつの出来事が起こりました。3節「イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。」
それを見ていた人の何人かはこんなことを言って彼女を厳しくとがめました。4・5節「そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。『なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。この香油は300デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。』」
300デナリオンというのは、1デナリオンが1日分の賃金に相当しますから、およそ1年分の収入の価値があるということです。たいへん高価なものです。それを主イエス・キリストに注ぎかけた女性に対して、それを見ていた人の何人かは、何と無駄なことをしたのか、と批難しました。しかし、主イエスは心から喜んで、その献げものを彼女の思いと共に受け入れられたのです。
この女性は、この時は、まわりに認められなかったかもしれません。香油を売って人々に施してはどうか、と批判されました。しかし、実際にナルドの香油を売って現金に換えることは考えにくいのです。それは、通常、高価な香油を、たとえば彼女の親たちが、やがての日のために大切に持たせてくれたと想像できますので、その思いを捨てて売ることは考えにくいのです。
ひとりの女性がとった行動に対して、それを裁く人々と、喜んで受けとられる主イエスとが対照的に記されています。主イエスは「わたしに良いことをしてくれたのだ。」(6)と言われました。「良いこと」とは「美しいこと」とも訳されます。ひとりの女性がなしたことを、その献げものを主イエスは喜ばれて、「美しいこと」だと言われたのです。代々に語り継がれるべき、美しい物語だと言われたのです。9節「はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」
ナルドの香油のナルドというのは、その香油がとれる植物の名であるナルドスタキスに由来しています。ヘブライ語でネルド、日本語で甘松香と言って、オミナエシ科の草で、根茎(竹のように、根に似て地中をのびて節から根や芽を出す)のしぼり汁を油にとかしたのがナルドの香油だそうです。当時、香料として好まれていましたが、人が亡くなったときに、その体に塗る香油としても用いられていたそうです。主イエスご自身も、8節「この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。」と言われました。主は、「できるかぎりのことをした」と喜ばれました。
十字架へと歩み出しておられる主イエスに、香油が注がれたのですが、注目すべきことに、その香油は頭に注ぎかけられました。(3)そこには深い意味があると言われます。
「油注がれた者」という言葉が旧約聖書にありますが、それは、王が立てられる儀式において、頭から香油が注がれたからです。同じく主イエスにも、ここで、ひとりの女性を通して、油が注がれているのです。そこには、主イエスが、私どものまことの王であることが示されているというのです。ある神学者は、彼女だけがただひとり、この時、主イエスをまことの王としてお迎えしていると言います。
主イエスはこの女性の思いと行いとを、心から喜ばれました。そして、「良いことをしてくれた」すなわち神に対して「美しいことをした」と言われました。そしてさらに、この女性は主イエスから「できるかぎりのことをした」と語りかけられたのです。
私どもも、何をナルドの香油として、主イエスに注がせていただくことができるのか、問い続けていきたいと思います。そして、主イエス・キリストが、自ら神の小羊となって救いの道を切りひらいてくださった尊い犠牲を、喜びと感謝をもって受け取り続けていきましょう。主をたたえるこの礼拝から遣わされて、救い主である主を宣べ伝えていきたいと願います。
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