2022年12月25日(日)クリスマス・家族礼拝
- shirasagichurch
- 2022年12月24日
- 読了時間: 4分
【降誕節第1主日】
礼拝説教「大きな喜び」
願念 望 牧師
<聖書>
ルカによる福音書2:8-20
<讃美歌>
(21)26,6,258,260,65-1,85
主イエスの誕生が最初に知らされたのは、羊飼いたちでした。
どうして羊飼いだったかというと、その大きな理由の一つは、聖書では、神様と私たちの関係が、羊飼いと羊の関係にたとえられているからです。
羊は近眼で、遠くを見渡せないそうです。うまく動かしてやらないと草を食べ尽くしてしまう。羊にはどうしても羊飼いが必要です。羊は羊飼いがいないと、生きていけない。それと同じように、いやそれよりももっと、私たちには主なる神様がおられないと生きることができないのです。
だから主イエスは、私たちの救い主として来てくださいました。
羊飼いたちが主イエスの誕生の知らせを受けた時は、一日の内でいつだったかというと、それは真夜中です。天使たちが来て、「主の栄光が周りを照らした」と書かれています。
これは、違う言い方をすると、夜の闇を切り裂くように、主の栄光が輝いたということです。
どんな暗闇(くらやみ)でも、光を灯すと明るくなります。闇は光に勝てない。
主イエスは、私たちの消えない光として来てくださった。そして、私たちの暗闇を光に変えてくださいます。主イエスは、私たちの心の暗闇を光に変えて救ってくださるということです。そして、主イエスを信じた人たちが、主イエスの光を持ち運ぶと、世の中も少しずつ照らされていきます。
それはどういうことかというと、主イエスが光として輝いてくださるだけではなくて、私たちも光の子として用いてくださるからです。その光を失わないように、こうして礼拝を献げて、主イエスの輝きをもらい続けています。
主イエスの輝きを、どのようにもらうかというと、それは、聖書の御言葉を通してです。主イエスの輝きは、御言葉を通して与えられます。主イエスは、今も御言葉によって照らし続けてくださるのです。
今日の御言葉で、「大きな喜びを告げる」と神様は語りかけています。
主イエスは、私たちにとって、光でもあり、「大きな喜び」です。
「喜び」というと、うれしいことや楽しいことを考えるかもしれません。確かに「喜び」はうれしいことなのですが、ここでは、主イエスから来る喜びです。
主イエスが光として私たちを照らして、闇を光に変えてくださる喜びです。暗い部屋も電気をつけると明るくなります。部屋はそれでいいのですが、私たちの心はどうでしょうか。少しは自分で明るくできるかもしれません。でもどうしても、主イエスでないと照らすことができない罪の闇があります。自分でも照らせないところを主イエスは光として一緒に生きてくださって、罪を赦して光に変えてくださるのです。
ですから主イエスという「大きな喜び」が私たちに与えられています。主イエスを信じて生きる喜びが与えられています。
「喜び」は、天使の賛美にも響いています。
救い主が誕生した時に、天使に天から大勢の大軍が加わって、神を賛美して礼拝しました。その光景を思い浮かべると、まるで天を裂いて、神様の光が差し込んでいるようです。違う言い方をすると、羊飼いや私たちがいる地上と、神様がおられる天がつながった。それは、主イエスによってつながった喜びです。
こうして礼拝を献げている時はとくに、私たちと天とが通じていると信じることができるのです。
天使が大合唱しました。
「いと高きところには栄光、神にあれ」
これは、別の言い方をすると「グロリア インエクセルシス デオ」讃美歌の歌詞にもあります。主イエスが栄光をお受けになるのはふさわしいので、だれも文句はないでしょう。
その次は、「地には平和、御心に敵う人にあれ」
「平和」は神様の「平安」という意味です。それがだれに与えられるかというと「御心に敵う人」にです。
「御心に敵う人」というのは、神様の御心(お考え)のとおりに生きている人のこと。そんな人がいるでしょうか。これはよく考えてみると、主イエスこそ「御心に敵う人」です。
その主イエスを信じて、さっき言ったように心を照らしていただいた人は、主イエスと同じ光に生きるのですから、「御心に敵う人」「御心に敵う光の子」としていただくのです。そして、御言葉に照らされて、御心に近づき続けていく。そこに主イエスを信じる喜びがあります。
羊飼いたちは、主イエスにお会いして、神様の「平安」をいただいて喜んで帰って行きました。その時、マリアは、「これらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」と書いてあります。それは救い主誕生の喜びを心のノートに書いて、一生ずーっと思い巡らして祈っていったということです。
私たちも、主イエスを信じる喜びを、一生忘れないで、思い巡らして祈っていきましょう。礼拝で主イエスの御言葉を一緒に聞きながら、主イエスが御言葉によって与えてくださる喜びの光をいただき続けていくのです。光には、ぬくもりがあります。主イエスは心が冷たくならないように、主イエスの愛でいつもあたためてくださるのです。





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