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日本キリスト教団
白鷺教会 しらさぎきょうかい
Shirasagi Church

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2025年12月21日(日)クリスマス礼拝
【待降節 第4主日 】 礼拝説教 「祝福あれ」 願念 望 牧師 <聖書> 詩編118編22-26 <讃美歌> (21)26,268,260,271,78,65-1,29 クリスマスの時季は、一年で一番夜が長いときです。これから、だんだん昼がながくなって、春へと向かっていくときに、クリスマスを祝っています。クリスマスの喜びと共に春へと向かうように、主なる神が私どもを導いてくださることを信じていきましょう。 このクリスマス礼拝に与えられています箇所は、詩編118編の言葉です。なぜ、救い主誕生の箇所ではないのかと思われるかもしれません。この詩編は、救い主が私どもに与えられることを預言している御言葉の一つです。詩編にはほかにも多くの箇所が新約聖書に引用されて、救い主の預言であることが知られています。そのなかでもとくに大切な詩編の一つです。 23節に「これは主の御業 わたしたちの目には驚くべきこと」とあります。主なる神が、私どもの一人としてお生まれくださることは、まさに「主の御業」であって「わたしたちの目には驚くべきこと」です。とくにその救い主が、
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2025年12月21日読了時間: 5分


2025年12月14日(日)
【待降節 第3主日 】 礼拝説教 「神のパン」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 6:22-40 <讃美歌> (21)26,51,175,233,65-1,29 与えられています箇所で、心にまずとまった言葉があります。29節で主イエスが語りかけておられます。「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業(わざ)である。」「神がお遣わしになった者」とは、主イエス御自身のことです。主イエスを神がお遣わしになった救い主と信じて喜び祝うのは、クリスマスの喜びです。クリスマスに備え、また心から祝うことは、神の業にあずかっているということを心に刻んで感謝していきましょう。 主イエスが「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業(わざ)である。」と語りかけられたとき、群衆と主イエスとの間に、大きなズレがありました。そのことがよくわかるのは、26節の言葉です。「はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜したのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。」 群衆が熱心にイエスを探していて、やっと探しあてたとき
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2025年12月14日読了時間: 5分


2025年12月7日(日)
【待降節 第2主日 】 礼拝説教 「恐れることはない」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 6:16-21 <讃美歌> (21)26,8,228,456,65-1,29 主イエスは弟子たちに、「恐れることはない。」(20)と語りかけられました。「恐れることはない」という御言葉を聞くと、いまちょうど祈祷会でイザヤ書を学んでいるので、預言者イザヤを通して主なる神が語られた御言葉を思い起こします。たとえばイザヤ書41章10節には、「恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け わたしの救いの右の手であなたを支える。」と語りかけられています。その神の言葉と重なることは、決して行き過ぎではないのです。 ある意味で、主なる神しか語りかけることができない御言葉を、主イエスが弟子たちに語りかけられました。「わたしだ。恐れることはない。」この御言葉を、ヨハネの教会の者たちも、大切に心に刻んで生きていきました。私どもも、「わたしだ。恐れることはない。」との御言葉に導かれることができるの
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2025年12月7日読了時間: 6分
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