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日本キリスト教団
白鷺教会 しらさぎきょうかい
Shirasagi Church

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2026年2月22日(日)
【受難節 第1主日 】 礼拝説教 「罪をゆるす神」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 7:53-8:11 <讃美歌> (21)26,16,51,481,65-2,29 主イエスの前に、ひとりの女性が引き出されています。そして、律法学者たちやファリサイ派の人々が詰め寄っているのです。姦淫の現場でとらえられた人が連れて来られ、モーセの律法を引き合いに出して、「あなたはどうお考えになりますか」(5)と問いかけています。「訴える口実を得るために」(6)とあります。 とても有名な箇所ですが、私どもはどのように受けとめるのでしょうか。 ある神学者は、パウロがこの個所を知っていたのではないかと想像しています。ご存知の方もあると思いますが、新約聖書は、古い順から並んでいるのではなくて、福音書が四つ最初に来ていますが、福音書よりも前に書かれた、パウロの書簡がいくつもあります。テサロニケの信徒への手紙が、新約聖書で一番最初の書簡だと言われます。そのパウロが、ヨハネによる福音書のこの物語を知っていたとしても不思議ではありません。そして、ある
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2月22日読了時間: 6分


2026年2月15日(日)
【降誕節 第8主日 】 礼拝説教 「ここは、わたしの父の家」 伊藤 智 牧師 (横浜英和学院) <聖書> ヨハネによる福音書 2:13-22 <讃美歌> (21)26,20,297,476,65-2,29 14節「そして、神殿の境内で、牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちをご覧になった。」 神殿の境内で商売をしているというと、神社のお祭を想像しがちではないでしょうか。でも、エルサレム神殿で行なわれていた商売というのは、神殿で犠牲をささげるためのものを売り買いしていたのです。昔、イスラエルの人々は、神さまに、「感謝をあらわすため」とか、「願いを求めて」とかで、祭司によって規定されたささげものをしていました。罪を犯したときには、「罪を赦していただくため」に動物などを犠牲のささげものとして、ささげていたのです。このときの犠牲の意味は「本来は、自分の命をささげるのですが、代わりのいのちを差し出す」というものでした。 罪を犯した人の代わりとして、羊や牛、鳩などのいのちがささげられ、その血が祭壇に注がれたのです。神さまの前に、
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2月15日読了時間: 3分


2026年2月8日(日)
【降誕節 第7主日 】 礼拝説教 「イエスを信じるために」 願念 望 牧師 <聖書> ヨハネによる福音書 7:40-52 <讃美歌> (21)26,2,208,458,65-2,29 光に照らされると、影ができます。私どもが太陽の光に照らされると、自分の影が地面にうつります。舗装されていない土のところでは、影がくっきり映ります。子どものころには、影を踏まれないように追いかけ合う、影ふみという遊びをしたのを、ふと思い出します。なぜ、こんな話をするかと言いますと、舗装された道路をもっぱら歩いて自分の影をあまり意識しないように、主イエスという光に照らされた自分の影を、心にとめることができているだろうかと示されました。 それは、今日与えられています箇所に、主イエス・キリストに照らされた人々の影が映し出されているからです。私どもも、主イエス・キリストに照らされたときの自らの影を示され、さらに影に見をとめるだけではなく、光である主のもとにひざまずいて、その恵みを祈り求めていきたいと願います。 光である主イエス・キリストの御言葉がすぐ前の箇所
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2月8日読了時間: 7分
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